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好文学園女子高等学校

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校長メッセージblog 好文木

2017.11.28

『日の名残り』から

IMG_0791 「品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか」、これは今年のノーベル文学賞受賞作家、カズオ・イシグロの『日の名残り』の一節ですが、「品格」の説明として実践的な意味づけだと思います。
 恥ずかしながら私は、カズオ・イシグロという作家を知りませんでした。今回の受賞を機に、先ず『浮世の画家』と『わたしを離さないで』を読んでみたのですが、核心に触れるまでの様々な場面ごとの描写が長く私には少々退屈に感じました。そして、三冊目に読んだ『日の名残り』は、一人の執事の少し偏屈なまでに紳士的な生き方を通して英国という国の自然、精神そして人を描くタッチに魅了されました。
 ストーリーは1956年から始まります。主人公のスティーブンスはかつて政界の名士であったダーリントン卿の執事でしたが、現在はその屋敷を買い取ったアメリカ人ファラディ氏の執事として仕えることとなりました。ファラディ氏はアメリカにしばらく帰国する間、スティーブンスに数日の休暇を与えることを提案し、それを受けた彼はファラディ氏のフォードを借りて6日間の旅に出ます。
 この旅の間、第二次世界大戦前後から戦後にかけて執事として見聞きした事柄を振り返ります。旅の終わりには、ダーリントン卿の対独外交における政治的失敗とそれを救うことが出来なかった自分への自責の念にかられ、そして自身の私生活もまた失敗であったかもしれないと感じます。この小説は、執事スティーブンスの回顧談を通して、栄光ある大英帝国の衰退を冷静にかつ温かく共感をこめて描き出しているのですが、そこにはかつての英国に対する称賛と愛着を読み取ることが出来ます。
 執事の職業的あり方とは、主人に対する忠誠心と多くのメイドや下僕をコントロールして時間通りに完璧に仕事をこなすマネジメント力といえます。そしてそれを毎日寸分の違いもなく行い続ける継続力です。同じく執事であった父親が、主人のいない車中で主人に対して無礼な物言いをした客人に我慢できなくなり車を止めて静かにドアを開けた行動により客人に反省をもたらしたことを例に取り、「並みの執事は、ほんの少し挑発されただけで職業的あり方を投げ捨てて、個人的な在り方に逃げ込みます。———- 偉大な執事が偉大である所以は、みずからの職業的あり方に常住し、最後の最後までそこに踏みとどまれることでしょう」とスティーブンスは語ります。これはいかなる職業にも通じるプロフェッショナルの対応だと思います。
 彼は、1923年のダーリントン・ホールでの初の国際会議を執事として成功裏に終えたことを振り返り次のように述べます。「ある人の発達の決定的段階に何事かが起り、その人の能力の限界に挑み、それを拡張させます。その何事かを克服した人は、それ以降、新しい基準で自分を判断することになります」誰にでも事の大小はあれど、発達の決定的段階に何かが起こることはあります。それは大抵は難事であるのですが、それを乗り越えることで自信を付けることが出来、さらなる高みを目指して成長できるのです。
 また、彼は女中頭のミス・ケントに恋愛小説を読んでいるのを見つかるのですが、それには明確な理由があると言って次のように説明します。「良い発音やさわやかな弁舌それ自体は、執事にとって魅力的な飾りであることは私も認めるにやぶさかではなく、私自身そうした能力を出来るだけ磨くことを心掛けてまいりました。その具体的な方法として最も手っ取り早いのは、やはり暇を見つけては、巧みに書かれた本を手に取り、この何ページかを読むということではありますまいか」と。そして重厚な学術書は人格を磨くには役立つが、お客様との通常の会話には、エレガントな会話を多く含む恋愛小説が向いていると述べるのです。堅苦しいスティーブンスの以外な一面を彼らしい理屈で説明しているところも笑みがこぼれますが、実践的な読書の効用を言い得て妙だと感じます。
 アメリカ人の主人であるファラディ氏のジョークにジョークで応えようとするスティーブンスですが、上手くゆきません。旅から戻り、気持ちに一定の決着をつけた彼は、これから前向きにジョークの練習をしようと思います。英国のユーモアからアメリカのジョークへ、第二次大戦を経て英国の時代は終わりを告げアメリカの時代が始まります。スティーブン自身の新たな時代への対応を感じさせる部分です。
 彼は最後に振り返ります。「人生が思い通りにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。——— 私どものような人間は、何か価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうあれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう」私自身の想いともダブり余韻を残す言葉です。

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